湾岸戦争時のイスラエルから学ぶこと

1991年の湾岸戦争の際、イスラエルでは、6週間で約40発の弾道ミサイル攻撃を受け、6000以上の家屋、1300棟のビルが破壊されましたが、なんと人的被害は死者2名、負傷者200名強の被害にとどまっています。

なぜでしょうか?

イスラエルでは「民間防衛軍」が組織され、国民に、弾道ミサイル着弾時の行動について、細かく普段から指導をしています。また、各家庭に必ずシェルター設置が義務づけられていて、ずっとその中で生活しているわけではありませんが、空襲警報が鳴るとすぐに逃げ込むようになっています。

日本政府が国民保護法を制定する過程で、Jアラートをはじめ、弾道ミサイルからの避難方法を検討する時に参考にしたのが、このイスラエルの国民保護テキストです。(出典「女性セブン2017年8月17日号」

 

2009 年1月10 日イスラエル・アシュケロンにて ハマスのミサイル攻撃から住民を避難させる若い女性兵士

湾岸戦争時のイスラエルにおける弾道ミサイル被害

【被弾数】6週間で約40発(1日1発未満)

※ほぼ全土に着弾したが、特に人口260万人のテルアビブ都市圏域に集中

【弾頭】すべて通常弾頭

【死傷者数】死者2名、負傷者200名強

【建物被害】6000強の家屋が破壊、1300棟のビルが被災

※通常兵器であったことと、火気使用の自粛のため火災被害は少ない(ガス爆発はあった)

湾岸戦争時のイスラエルへの弾道ミサイル対応

1.緊急事態宣言の発令( 緊急事態宣言の発令(1991.1.18)

2.警報の発令

米軍の早期警戒情報に基づき、政府は、全土に、サイレン、テレビ、ラジオで国民に警報を発令(当初、発射4分後、途中から発射直後に警報)

※ 現在は、弾道ミサイルが発射された場合、全土を10地区に分け、地域を限定して警報を発令

3.住民への指示

  • 全土に、厳しい灯火管制と外出制限、特に夜間は家に留まるよう指示。
  • 学校は2週間程度閉鎖。輸送・交通機関等の基幹産業は4日間停止。
  • なお、電気、水道、電話等のライフラインは継続。

4.住民の対応

  • 警報を受けた住民は、密室性の高い部屋やシェルターに避難し、ガスマスクを着用
    (政府は全国民にガスマスクを配布)

※ 可能な限り外気から遮断するために、部屋の窓や扉の隙間にシールを貼るよう勧告 (多くの住民は「浴室」をシェルターとして代用)

※ 湾岸戦争後、全ての家屋等へのシェルターの設置が義務化

 

被害が少なかった理由は、徹底した国民保護政策

イスラエルでは、公共のシェルターのみならず多くの家庭もシェルターを設置する等、わが国とは国情が異なるものの、弾道ミサイル攻撃に際して被害を軽減することができた理由の一つに、シェルターへの退避や窓ガラスの飛散防止等、衝撃や爆風の影響を緩和する方法について、以下のとおり、政府が国民に対し周知徹底させていたことを挙げることができるだろう。

湾岸戦争当時のイスラエル政府による国民への啓発例

・サイレンを聞いた場合の対応

  1. 緊急サイレンであることの確認
  2. 火器類等の使用停止
  3. 窓やドアの閉鎖
  4. シェルターへの退避
  5. テープ類による隙間の封鎖
  6. ガスマスクの装着
  7. ラジオ又はテレビの聴取

シェルターがない場合の退避場所の確保の方策

  1. 部屋の選択:適度の広さがある、外壁との接点が少ない、一つのドアと窓しかない、大きな窓がない等の条件を満たす部屋を選択する。
  2. 窓の補強、窓の密封:一定の厚みのプラスチックの粘着シート等により窓の防護を強化する。
  3. ドアの密閉:ドアの隙間や床の隙間に濡れたタオルを敷く。

 

イスラエルのシェルターについて

イスラエルの屋内密閉シェルターのイメージ

 

(平成19年3月5日 第11回地方公共団体の危機管理に関する懇談会 資料1 消防庁国民保護室「イスラエルにおける国民保護制度およびミサイル・ロケット攻撃への対応」より)http://www.fdma.go.jp/html/intro/form/pdf/kokuminhogo_unyou/chihou_kondankai/haihuSiryou11.pdf